いわきの山の中に住んでいた頃、東京などに行った帰り、山の家に近づくに連れて身体がミリミリと音を立てて元気になったのを記憶している。
そんな30年来の田舎暮らしから京都に移り住み間もなく3年。ここにはじつに様々な人が居て、いつでも日本の優れた文化を楽しむことが出来る。そんな環境は決して悪くはないが、この頃、身体と心が、どこか軸を失いつつあることを感じる。
自然というものは、日頃は限りなく私たちの身体と心に優しい。だが、ひとたびその均衡が破れると、人間の感覚などはるかに超えたスケールで私たちを脅かす存在となる。竜巻や洪水、異常気温、これまでになく、自然の脅威を感じている人が多くなっているに違いない。
台風18号の余波で起きた京都の洪水は、普段なら絶対に起こりえない穏やかな観光地に起きた事だけに、自然の脅威を多くの人がまざまざと感じたことであった。
直後の現地を見た。普段ならあるはずもない驚くほど高い位置にまで泥水が上がった事が一目で分かる。白く乾いた泥の線がどこまでも続いている。この周りに住む人々が、どんなに恐ろしかっただろうかと想像された。
そんな爪痕がまだある一方、河の水はまだ濁っているが、その流れは、早くも、まるで何事もなかったかのように穏やかに流れている。草や鳥たちも、そんな回復を手助けするかのように、日頃のそれと変わらない様子でそこにいた。
方丈記で謳われた鴨長明の有名な詩に、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」とある。
様々な出来事でバタバタするのは、人の身体と心だが、どんな出来事に遭遇しても、本来の自然を知り、しっかりとそれが身についてさえいれば、それがブレルことはない。改めて、身体や心のよって立つところが、自然にあることを知った。宙八
2013年9月22日日曜日
2013年9月17日火曜日
講演会のお知らせ
未だに、収束どころか、まだまだ危険な状況が継続しているフクシマ。
その被害は、汚染水の海への流失を始めとして、今後、どこまで広がるのか、大いに心配されるところです。そして、廃炉への道筋は何年後に可能になるのか?
私たちの知らないところで、多くの被曝症状がすでに広く見られます。その実態は今、どのようなものなのでしょう?数年後に日本の海は壊滅状態になるとも言われています。魚から受ける内部被曝の課題は?オリンピック誘致の陰で、確実に忍び寄る原発の様々な被害。ぜひ、今一度正確につかんでおきたいものです。
私が関っているNPO2050の東京での講演会が今月27日に以下の内容で行われます。講師は、私が京都で縁のあったフリージャーナリストの守田敏也さんです。
原発に関する様々な分野についてとても広く、そして、バランスよく調査、研究し、多くの人に伝えている人です。私も聴きに行きます。皆さんもぜひ、関心のある友人、知人を誘ってご参加下さい。宙八
その被害は、汚染水の海への流失を始めとして、今後、どこまで広がるのか、大いに心配されるところです。そして、廃炉への道筋は何年後に可能になるのか?
私たちの知らないところで、多くの被曝症状がすでに広く見られます。その実態は今、どのようなものなのでしょう?数年後に日本の海は壊滅状態になるとも言われています。魚から受ける内部被曝の課題は?オリンピック誘致の陰で、確実に忍び寄る原発の様々な被害。ぜひ、今一度正確につかんでおきたいものです。
私が関っているNPO2050の東京での講演会が今月27日に以下の内容で行われます。講師は、私が京都で縁のあったフリージャーナリストの守田敏也さんです。
原発に関する様々な分野についてとても広く、そして、バランスよく調査、研究し、多くの人に伝えている人です。私も聴きに行きます。皆さんもぜひ、関心のある友人、知人を誘ってご参加下さい。宙八
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9月講演会 テーマ「どうすれば内部被爆を避けられるか?」
-原発・放射能・内部被爆・健康・いのち・・・を考える2時間-
とき:9月27日(金) 午後6時~8時
場所:JICA地球ひろば 601号室 (「市谷駅」より徒歩10分程度)
講師:守田敏也氏 (フリージャーナリスト)
会費:会員 500円 非会員1000円
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2013年9月8日日曜日
オリンピックで隠されて行く危機の事実
2020年、東京で再びオリンピックが開催されることが決まった。
阿部首相は、国際オリンピック委員会の総会で、原発の汚染水漏れを危惧する海外に対して「状況はコントロールされている」「汚染水の影響は、原発港湾内の300メートル範囲内で完全にブロックされている」「健康問題については、今も、現在も、将来もまったく問題ない」と発言した。
この発言を聞き、1億2千万の命を預かる一国の首相が、どうしてこんな嘘、でたらめな発言を、世界に向けて平然と言えるのだろうか?こういう人物を首相にしている日本国民とは、一体どういう民族なのかと改めて不思議に思った。
崩壊した原発から、毎日300トン以上もの汚染水が海に垂れ流しになっていると公表されたが、こんなことは、震災直後から多くの人が分かっていた。その事実を隠しきれなくなって東電が、ようやく、止むなく発表したことである。
先日、津波で流された宮城県の漁船が、2年半ぶりに福井県沖の日本海で回収されたと新聞にあった。日本の周囲を流れる海流が、船を、ハワイ、尖閣諸島、日本海へと数千キロ漂流をさせたことを海上保安本部が確認している。海流は世界中を自在に流れる。汚染水が、原発から300mの範囲に完全にブロックされているなどと言うたわけた嘘を一体誰が信じるだろう?
原発による内部被曝の大半は食べ物による。チェルノブイリでは多くの人が牛乳によって被曝をしたと言われるが、日本では、間違いなく、汚染され続ける魚を食べることで膨大な人たちが今後、内部被曝をして行くことだろう。
専門家によると、汚染水は今後6年間で完全に日本列島を覆い、日本の海産物は全滅するだろうと言う。アメリカ、オーストラリア、中国、韓国のアジア諸国がこの問題を心配し、日本に抗議をし始めたのは当たり前のことである。
その海外の杞憂によって、オリンピックが日本に招致されないことを祈っていた。お祭り騒ぎでいよいよ原発の危機が目隠しされてしまうからである。しかし、札束攻勢の外交が功を奏して、その心配がとうとう現実のものになってしまった。
その海外の杞憂によって、オリンピックが日本に招致されないことを祈っていた。お祭り騒ぎでいよいよ原発の危機が目隠しされてしまうからである。しかし、札束攻勢の外交が功を奏して、その心配がとうとう現実のものになってしまった。
27年経った今でも、内部被曝によって新たな被爆者が次々と出て来るチェルノブイリの原発事故。世界有数の魚食民族である日本人が、将来にわたってまったく健康を害しないなどと、一体、誰が保証できるのだろうか?
収束どころか未だにその解決の糸口さえつかめていないフクシマを抱える日本が、この危機的状況に眼を閉じ、耳を塞いで、国を挙げてオリンピックというお祭りに血道を上げて行くことになった。そのおめでたい裏側には、間違いなく、経済効果という豊かさの妄想、そのお化けがまたぞろ見え隠れする。
「表大なれば裏また大」この危機の本質に目覚め生まれ変わるために、さらなる危機的状況を必要とする日本人。被災者の多くは、この国とこの国民の底なしの無自覚さには、もう心底くたびれきっている。
2013年7月5日金曜日
見晴らしのきく場所から遠くを見て生き抜け!
いわきに居た頃(もうそう書かなければならなくなった)、限界集落と言われる地区の中とは別に、近隣に長年付き合った友人たちが10人ほど居た。私にとってはかけがえのないコミ二ティだった。その友人達とも原発事故の被災でバラバラになってしまった。
その中の一人で、いち早く移住を決め、長年手塩にかけたこだわりの家を売り払うことを決断した友人が、「これからは、見晴らしのいい場所に住まなきゃね!」と言っていた言葉が頭に残っている。
いわきのわが家も彼の家も、素晴らしい自然の中にあったが、たしかに、そう開けている環境ではなかった。それだけに、もし今後、終の住処を選ぶことがあったとしたら「見晴らしのいい所がいいなあ」とそれ以来ずっと思っている。
都会の暮らしは、人や文化を楽しむためにはたしかに良いが、反面、日々の暮らしの煩雑さや情報の多さには少々辟易する。特に、被災者として見ざるを得ない原発情報や政治や経済の動向。世の中の波の数々。時には発信。どれもが、今という時代に生きて行くためには欠かせないことだが、二年もこんな波に翻弄されていると、そろそろこの揺れから逃げたくなっても来る。このままでは、寿命が縮む危機感さえ感じる。
人生も60歳を過ぎれば、世の中や人生の何たるかが見渡せるようになる。少々のことには動ぜず、無用なことはさらりと流す術も身につけて来る。体力の減少やモノ忘れのリスクも、ある意味では便利なことでさえある。若い時には無かった遠くを見る目は、年配者ならではの特権でもある。
老子の言葉に、「広大な宇宙から見れば、人間世界の出来事はすべてがアブクのようなものだ!」がある。あまりにも大きすぎる視点は世間では通用しないが、今の時代のように、あまりにもミクロな問題に翻弄され続けると、誰もが疲れ、時には命取りにもなってしまい兼ねない。
厳しいグローバル時代を生き抜くためには、少しでも見晴らしのいい場所を確保し、遠くを見て生きて行くことは大事なことだ。淘汰されるかどうかもすべてが自己責任、自分の判断力次第の時代になる。津波で生き延びることが出来た「てんでんこ」の教えを、ここでも私たちは忘れてはならない。
その中の一人で、いち早く移住を決め、長年手塩にかけたこだわりの家を売り払うことを決断した友人が、「これからは、見晴らしのいい場所に住まなきゃね!」と言っていた言葉が頭に残っている。
いわきのわが家も彼の家も、素晴らしい自然の中にあったが、たしかに、そう開けている環境ではなかった。それだけに、もし今後、終の住処を選ぶことがあったとしたら「見晴らしのいい所がいいなあ」とそれ以来ずっと思っている。
都会の暮らしは、人や文化を楽しむためにはたしかに良いが、反面、日々の暮らしの煩雑さや情報の多さには少々辟易する。特に、被災者として見ざるを得ない原発情報や政治や経済の動向。世の中の波の数々。時には発信。どれもが、今という時代に生きて行くためには欠かせないことだが、二年もこんな波に翻弄されていると、そろそろこの揺れから逃げたくなっても来る。このままでは、寿命が縮む危機感さえ感じる。
人生も60歳を過ぎれば、世の中や人生の何たるかが見渡せるようになる。少々のことには動ぜず、無用なことはさらりと流す術も身につけて来る。体力の減少やモノ忘れのリスクも、ある意味では便利なことでさえある。若い時には無かった遠くを見る目は、年配者ならではの特権でもある。
老子の言葉に、「広大な宇宙から見れば、人間世界の出来事はすべてがアブクのようなものだ!」がある。あまりにも大きすぎる視点は世間では通用しないが、今の時代のように、あまりにもミクロな問題に翻弄され続けると、誰もが疲れ、時には命取りにもなってしまい兼ねない。
厳しいグローバル時代を生き抜くためには、少しでも見晴らしのいい場所を確保し、遠くを見て生きて行くことは大事なことだ。淘汰されるかどうかもすべてが自己責任、自分の判断力次第の時代になる。津波で生き延びることが出来た「てんでんこ」の教えを、ここでも私たちは忘れてはならない。
2013年6月8日土曜日
サバイバルの知恵?
原発事故が起こるまでは、福島の山奥で30年、植物、動物、光や空気や水など、自然の営みを日々の糧として生きていた。勿論、機会があれば新聞も雑誌も読んだが、それは、生活の中でのほんの息抜き程度のものであった。
しかし、原発で被災したことがきっかけで都会で暮らすようになり、社会の状況を日々、新聞やテレビ、雑誌等で頻繁に知るようになった。
お陰で、政治や経済、その他諸々のことが分かり、ようやく人並みになったとも感じるが、改めて、世の中の情報の多さ、その煩雑さに驚く。知って面白いことも沢山あるが、それによって頭が振り回され、身体の穏やかさがどこかに行ってしまったようにも思う。
世の中に嬉しいことが多ければ、これほど疲れる事も無いと思うのだが、何しろ激しく、辛く、情けないことが多い。
モノを持たない、捨てる、離れる「断捨離」が注目される昨今だが、モノの手放し同様に、情報の手放しもまた、この時代を穏やかに生きるためには、大切なサバイバルの知恵の一つかも知れない。
しかし、原発で被災したことがきっかけで都会で暮らすようになり、社会の状況を日々、新聞やテレビ、雑誌等で頻繁に知るようになった。
お陰で、政治や経済、その他諸々のことが分かり、ようやく人並みになったとも感じるが、改めて、世の中の情報の多さ、その煩雑さに驚く。知って面白いことも沢山あるが、それによって頭が振り回され、身体の穏やかさがどこかに行ってしまったようにも思う。
世の中に嬉しいことが多ければ、これほど疲れる事も無いと思うのだが、何しろ激しく、辛く、情けないことが多い。
モノを持たない、捨てる、離れる「断捨離」が注目される昨今だが、モノの手放し同様に、情報の手放しもまた、この時代を穏やかに生きるためには、大切なサバイバルの知恵の一つかも知れない。
2013年4月18日木曜日
迷妄、呪縛を解き放とう
懲りもせず、またぞろ始まってしまったモノやお金を追いかける世の中を見ていると、日本人は、一体いつになったらこの迷妄、呪縛から解き放たれる日が来るのだろうか?と考えてしまう。
震災後、来日したダライラマが、日本人に向けて言った言葉を思い出す。
「なぜ人々の欲望が止まらないか?それは幸福感を絶えず外部の刺激に求めているからです。 しかし、本来「空(くう)」であるモノの世界に永遠の満足感はありません。今こそ、日本人は次の段階へ、心の平和という本当の幸福の世界へと向かうべき時です。」
すべてのモノは移り、変わりゆく。どんなに好きなモノでもいつかは壊れ、目の前から姿を消す。愛する人も、大切な家族も、友人も知人も、誰よりも愛おしいこの自分自身でさえ、いつかはこの世を去る。
日本人は元来、このモノの本質であるところの「無情」を最も良く知り、心の豊かさの世界、「侘び寂び(ワビ、サビ)」の文化を創り上げた。そのモノのアワレの本質を何よりも愛し、慈しんで来た民族だった。相手に心からの敬意を払う日本人の挨拶は、頭を下げ、腰を曲げ、相手の視線から自己(我)を消すという究極の礼儀作法でもある。
そんな日本人が、目に見えるモノにしか幸福感を感じなくなってしまったのは、なんとも哀しいことである。寂しいことである。生きる為に必要な基本的なモノやお金があったなら、もうそれ以上のものは不要なはずである。
にもかかわらず、もっともっとと「外なる幸福感」を限りなく追いかける病気「もっともっと症候群」が、現代の日本人とこの国の迷妄や呪縛の元凶である。<幸福感は心で感じるもの>この当たり前のことを思い出し、一人一人がそれを生活の中でどう実践するかが、今の私たちには求められている。
震災後、来日したダライラマが、日本人に向けて言った言葉を思い出す。
「なぜ人々の欲望が止まらないか?それは幸福感を絶えず外部の刺激に求めているからです。 しかし、本来「空(くう)」であるモノの世界に永遠の満足感はありません。今こそ、日本人は次の段階へ、心の平和という本当の幸福の世界へと向かうべき時です。」
すべてのモノは移り、変わりゆく。どんなに好きなモノでもいつかは壊れ、目の前から姿を消す。愛する人も、大切な家族も、友人も知人も、誰よりも愛おしいこの自分自身でさえ、いつかはこの世を去る。
日本人は元来、このモノの本質であるところの「無情」を最も良く知り、心の豊かさの世界、「侘び寂び(ワビ、サビ)」の文化を創り上げた。そのモノのアワレの本質を何よりも愛し、慈しんで来た民族だった。相手に心からの敬意を払う日本人の挨拶は、頭を下げ、腰を曲げ、相手の視線から自己(我)を消すという究極の礼儀作法でもある。
そんな日本人が、目に見えるモノにしか幸福感を感じなくなってしまったのは、なんとも哀しいことである。寂しいことである。生きる為に必要な基本的なモノやお金があったなら、もうそれ以上のものは不要なはずである。
にもかかわらず、もっともっとと「外なる幸福感」を限りなく追いかける病気「もっともっと症候群」が、現代の日本人とこの国の迷妄や呪縛の元凶である。<幸福感は心で感じるもの>この当たり前のことを思い出し、一人一人がそれを生活の中でどう実践するかが、今の私たちには求められている。
2013年4月11日木曜日
「放射能を喰って生きるからいい!」
月一度の割合でいわきの自宅に帰宅しているが、毎回、帰宅の度に異なった複雑な思いを体験する。
震災以前から限界集落と言われていたこの地区は、震災後、いよいよ崩壊の危機に直面している。10件ほどあった世帯数は、今や4世帯が残っているだけ。その人たちの中にもすでに移住を考えている人も居る。来る度に出来るだけ一人でも多くの人に会って帰りたいと思うが、なかなかそう出来ないことも多い。
昨日、家の整理で出たものを庭で燃やしていると、煙を見たとなりの隣人が心配して顔を出してくれた。留守がちなこちらの状況を知っていて見に来てくれたのだ。有り難いことである。
彼は、独り身で暮らしていて間もなく80歳になる。彼との会話に限らず、村人との会話はいつもワンパターンだ。互いの近況をしばし話すと、次には被曝や原発の状況が心配な話、やがて村人に関する情報交換。そして、元気でまた会おうねと言う別れの言葉で終わる。そんな具合である。彼とも久しぶり、立ち話だったが束の間の貴重な会話であった。
この村でもようやく除染が始まったが、世間で言われるような期待感はほとんどの人が持っていない。山奥で、家の周囲を多少除染しても、すぐにまた戻ることを知っているからである。忙しい田舎暮らしでなかなか出来なかった周辺の掃除が、これで少しはきれいになるから有り難い、くらいが正直な本音である。そのために一軒あたり数百万にもなる除染費用をかける無駄使いをジレンマを持って一番感じている人たちでもある。
自給している彼に、野菜の数値は測っているんですか?と聴くと、結構測っているらしい。「除染も俺はいいと言ったんだけど、全部やることがきまりだからってやることになったんだよ」「俺は、放射能を喰って生きるからいいと言ったんだけど!」と苦笑する。そんな言葉が理解できるのは、被爆地に生きる者だけだろう。
「人生で最も大切なのは思い出である」という話を聴いたことがある。たしかにそんな気がする。長年住み慣れた家を離れる離れないは、個々それぞれが様々な事情を抱えて決断することだ。年配者の多くが被災地に残る決断をする事実は、被災してみれば容易に理解できることだ。しかし、そんな人たちでさえ、自分の子どもや孫が被爆地に居ていいと思う人はほとんど居ない。
「放射能を喰って生きるから・・・」と哀しい笑いを投げかけた80歳の彼に遺された過去の時間は、未来の時間よりもはるかに長い。放射能がどんなに危険であるかは分かっていても、今こうして、思い出の場に居続けることが、今を生きるための唯一の元気のモトだからだ。被災地で生き続けることを覚悟した者だけが知る言葉にならないメッセージを聴いた。
震災以前から限界集落と言われていたこの地区は、震災後、いよいよ崩壊の危機に直面している。10件ほどあった世帯数は、今や4世帯が残っているだけ。その人たちの中にもすでに移住を考えている人も居る。来る度に出来るだけ一人でも多くの人に会って帰りたいと思うが、なかなかそう出来ないことも多い。
昨日、家の整理で出たものを庭で燃やしていると、煙を見たとなりの隣人が心配して顔を出してくれた。留守がちなこちらの状況を知っていて見に来てくれたのだ。有り難いことである。
彼は、独り身で暮らしていて間もなく80歳になる。彼との会話に限らず、村人との会話はいつもワンパターンだ。互いの近況をしばし話すと、次には被曝や原発の状況が心配な話、やがて村人に関する情報交換。そして、元気でまた会おうねと言う別れの言葉で終わる。そんな具合である。彼とも久しぶり、立ち話だったが束の間の貴重な会話であった。
この村でもようやく除染が始まったが、世間で言われるような期待感はほとんどの人が持っていない。山奥で、家の周囲を多少除染しても、すぐにまた戻ることを知っているからである。忙しい田舎暮らしでなかなか出来なかった周辺の掃除が、これで少しはきれいになるから有り難い、くらいが正直な本音である。そのために一軒あたり数百万にもなる除染費用をかける無駄使いをジレンマを持って一番感じている人たちでもある。
自給している彼に、野菜の数値は測っているんですか?と聴くと、結構測っているらしい。「除染も俺はいいと言ったんだけど、全部やることがきまりだからってやることになったんだよ」「俺は、放射能を喰って生きるからいいと言ったんだけど!」と苦笑する。そんな言葉が理解できるのは、被爆地に生きる者だけだろう。
「人生で最も大切なのは思い出である」という話を聴いたことがある。たしかにそんな気がする。長年住み慣れた家を離れる離れないは、個々それぞれが様々な事情を抱えて決断することだ。年配者の多くが被災地に残る決断をする事実は、被災してみれば容易に理解できることだ。しかし、そんな人たちでさえ、自分の子どもや孫が被爆地に居ていいと思う人はほとんど居ない。
「放射能を喰って生きるから・・・」と哀しい笑いを投げかけた80歳の彼に遺された過去の時間は、未来の時間よりもはるかに長い。放射能がどんなに危険であるかは分かっていても、今こうして、思い出の場に居続けることが、今を生きるための唯一の元気のモトだからだ。被災地で生き続けることを覚悟した者だけが知る言葉にならないメッセージを聴いた。
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