2014年7月30日水曜日

崩壊が止まらない人間のいのち

 世間で言う優秀な16歳の女の子が、15歳の同級生を殺して、頭や手首を切断した。動機は「人を殺して見たかった。遺体をバラバラにすることに関心があった」このニュースが今、全国の子を持つ親、教育者を震撼させている。
 1997年に、少年が小学生を殺して、その首を校門前に置いたことで全国を驚愕させた「酒鬼薔薇事件」を思い出させる事件である。
 最近は、こうした猟奇事件が後を絶たないせいか、17年前の事件の方が、はるかに世間を驚かせたような記憶がある。こうした事件が次々と続くことで自分も世間も慣れてしまっていることに、改めて怖さを感じる。
 心理学の専門家は、「少女は、人格の中に精神病質的な部分を長期間にわたって抱えていたのではないか?亡くなった母親が、社会との接点をつなぎ止めておく唯一の存在だったが、その死によって、少女の中に潜んでいた人格障害を一気に悪化させた可能性がある。母親の死後、すぐに再婚した父親も大きな原因となった。」等の分析を発表している。
 たしかに、そうした心がこの事件を起こしたことは間違いないことだと思う。がしかし、母親が死んだ、父親が再婚した。などと言った出来事は、今の時代に始まったことではない。長い人間の歴史の中で、どの時代にもどの社会にもいくらでもあった。にもかかわらず、これほどまでの事件にはならずに済んでいた。
 16歳の少女。本来なら、どんな大人よりもはるかに人間としての優しさ、感性の豊かさを持っているはずの歳である。そんな少女が、完全に人間としての感性を崩壊させてしまった。自分どころか母親の、また父親の、人間そのものが分からなくなってしまったのだ。人間が生き物なのかモノなのかさえ・・・・。
 それは、まるで子どもが、オモチャの動きの秘密を知りたくて、プラスチックのオモチャをばらすようにして起きた事件でもある。もしかしたら、この友人の身体をバラバラにしたら、失った母親の愛や自分を捨てた父親の憎しみ、または、自分を慕ってくれた少女の心の破片がどこかに見つかるかも知れないと思ったのかも知れない。そんな心を宿す仕組みが身体のどこかに発見できるかも知れないと思ったのかも知れない。そんな押さえ難い好奇心が暴走して、とうとう友人を殺してしまったのではないだろうか。
 今、世界のあちこちで戦争が起こり人が殺し合っている。テロリズムでも数々の猟奇事件でも、我が国の多くの人もそれに同調し、戦争への道を開こうとしている。世界中で起きている環境破壊、生物の種の絶滅、原発事故、どれもが、人間が人間としての感性を崩壊させてしまったところから起きている出来事だ。そして、これらの出来事は、間違いなく、今回の事件を起こした日本の一少女のいのちともシンクロ(共振)している。世界の至るところで、人間のいのちの崩壊が止まらなくなってしまっている。
  

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